10分前行動の10分前行動【2039プロトタイプ】

10分前行動って知ってますか?
これって、日本人特有の感覚なのかも知れませんね。

 

ただ、私は素晴らしい感覚だと思うのです。
指定された集合時間の10分前には集合場所にいようね、といういわゆる相手を思いやれるからこその感覚であり、習慣だと思うのです。
とっても優しい心の持ち主だからこそできることだと思うのです。

 

私は、日ごろから、10分前行動どころか、20分前行動、30分前行動を心がけていました。
要するに、私はただの心配性なのです。
遅刻したらどうしよう。
相手を怒らせてしまうかもしれない。
そう思うと、自然と早く行動してしまうのです。

 

ただ、ちょっと困ったことになりまして…。
あぁ…どうか聞いていただければ幸いです。

 

あ、申し遅れました。
私は、しがないサラリーマンをやっているものです。

年齢は30代前半です。
大学を何とか卒業し、何とか就職をしました。

教育学部を卒業し、教員免許も取りました。
新卒で入社し、現在まで同じ会社にいます。
部下もたくさんできました。

 

彼女ですか?
いえ、いません。

どうやら、私は女性からすると暗く、気持ち悪い印象であると捉えられる節がありまして…。
えぇ。何度もこの性格を変えたいと思ったことがあります。

 

小学生の頃なんか、その思いが一番強かったように記憶しています。
何とかして、かけっこが一番早く、容姿に恵まれたクラスのヒーローを目指したりしておりました。
何とかして、人気者になりたいと思っておりました。

ですから、クラスのヒーローのような振る舞い、笑顔、快活さを目標に、日々を過ごしていました。
けれども悲しいことに、私はそうはなれませんでした。
私は、かけっこが遅かったからです。

 

クラスのヒーローの根幹にあるのは、かっけこがクラスで一番早いという尊敬の上に成立した彼自身の自信と、
それによる地位によって担保されていましたから…。

 

私のような根暗で、休み時間はひとりで読書をしているような小学生には土台無理な話なのです。
足の速い人は、家系的に足の速い遺伝子を引き継いでいるものです。
生まれながらに、速く走れる筋肉を授かっているものなのです。

 

私の家系はどうでしょう。
陸上関係で活躍した先祖がいるなど耳にしたことがありません。
それどころか、一族そろってのんびりとした性格ですらあります。

 

両親と顔は似ても似つかないのに、性格は似ている部分があるのかもしれません。
両親と顔が似ていないことを私が指摘すると、決まって両親は私をからかいました。

「川の下で拾った」
「コインロッカーの中で泣いていたところを保護した」

そんな風に、からかうのです。

 

さて、私の性格は、両親の属性を大いに受け継いでいるのでしょう。
大したユーモアのセンスなどはありませんが…。

 

行動ののろまさを度々指摘されてきました。
何をしても「お前は遅い」「もっと早くして」など、度々言われてきた人生でした。

 

どうやら、私は存在しているだけで、人をイライラさせてしまう才能に恵まれていたようです。
私には決して、そのような意図はありません。

 

私は、いつでも全力で取り組んでいました。
いつも心臓をバクバクと弾ませ、にじみ出る手汗を拭いながら何とか何とか今日まで過ごしてきました。

 

現在の仕事は、いわゆる営業です。
私のようなものにそのような仕事が勤まるのかと、疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。
ごもっともな疑問です。

 

しかし、何と言う僥倖でしょうか。
営業のお仕事において、私の性格が大いに活きているのです。

 

愚鈍で、根暗な性格が、営業先において受け入れられることが多いのです。
ゆっくりとした営業トークと、正直に商品の悪いところも話すことで商品を買ってくださるお客様が結構いるのです。
そういった経緯もあり、私のような人間でも、ひとつの会社に腰を落ち着け、生活を営んでいくことができています。

 

けれども先日のことです。
私は失敗をしてしまいました。
お客様との待ち合わせ時間に遅れてしまったのです。

 

寝坊でした。

起床し、携帯電話を確認しました。
途端に、現実に押しつぶされそうになりました。
留守電には、お客様の怒号と、上司からの怒号が。
冷や汗と心臓の鼓動の速さに驚きました。

 

これが、会社における私の立場を危うくしました。
元々、器用で効率的に行動できるタイプではありませんから、睡眠時間を削ることで日々を乗り越えてきました。
それが、よりにもよって、会社にとって重要なお客様との取引のときに爆発した形となってしまったのです。

 

会社も、どうしてこのような案件を私のような者に任せたと飽きれる方もいらっしゃるでしょう。
私も、心底思うのです。

 

えぇ。
そうです。
私の会社は、いわゆるブラック企業といいましょうか。

 

入社しては、すぐに辞めていく者が多い、回転率の良い会社です。
ですから、今回の案件にしても、私のような者が出向かなくてはならないくらい、人手不足なのです。

 

今回の失態で、私は眠ることが極端に怖くなってしまいました。
眠らなければ遅刻する確立は低くなりますから。

 

それでも、私も人間です。
度々、意識が薄れ、眠りそうになる瞬間が多くなっていきました。

 

自動車を運転している時に、危うく事故を起こしてしまいそうになったこともありました。
そのたびに、口いっぱいにリステリンを含むのです。

 

リステリンってご存知ではない方もいらっしゃるかもしれませんね。
リステリンは、いわゆるマウスウォッシュです。
口に含んで、ぶくぶくし、口内を清潔に保つ液体です。

私は常にリステリンを携帯し、眠くなるたびに口に含んでいました。
リステリンは、口に含み続けていると、口内に痛みにも似た感覚が発生します。
それを耐えて、耐えて、目から涙が出るくらい耐えて、私は眠気を吹き飛ばしていました。

 

商品の本来の使用方法とは違ったやり方を繰り返していた私にも、ついに限界ともいうべき瞬間がきました。

 

その頃、カフェインなんてものは、私にとっては水と同じような効果しか及ぼさなくなっていました。
残された道は、眠ることしかありませんでした。
眠らなければ、仕事ができません。
でも、眠ると、仕事ができません。
また遅刻してしまうのかと思って、心底恐怖に取り付かれました。

 

その日も、ギリギリで終電に間に合い、混雑する電車内で憂鬱な気分になりながら自宅を目指しました。
消えることのない不安を抱えながら、自宅の最寄駅で降り、いつもの道を歩きます。

 

ただ、どういうわけなのか、その日はいつもとは違う道を歩きたい気分になりました。
ですから、明かりの少ない、路地裏を縫うようにしながら、歩き続けました。
人工の光があまりに目に眩しく、避けたかったのかもしれません。

 

見慣れぬ路地を進み、歩んだ先に、その人はいました。

 

人目を避けるようにしながら、そこに存在していたのは、性別の判断ができないような暗さを身にまとい、
息を殺して、生きていることを隠すような形容しがたい人間のようなものでした。
ローブ姿でした。

分かりやすい言葉を使うなら、路上にいる占い師のようでした。
一脚の椅子と小さな机。
そこに俯くようにしながら座っているのです。

 

普通なら、ここで美少女の登場を望みたいところです。

金髪の幼女吸血鬼(CV.坂本真綾)であったり、

銀髪ハーフエルフ(CV.高橋李依)であったりと、美少女に声をかけられたいものです。

でも、占い師のようなその人から発せられた声は、ババアのようなジジイの声にも聞こえましたし、
もしかしたらジジイのようなババアの声かもしれません。
抑揚のないかすれたような声で、私は引き止められたのです。

 

皆さん、週刊ストーリーランドってご存知ですか?
視聴者から面白い話を募集し、アニメ化して放送するという内容だったのですけど、その中に、
怪しい老婆が、怪しいものを売りつけて、買った側の人生が良くも悪くも変わっていくという内容の話がありました。

まさしく目の前の人物はその老婆のようでもあったのです。
見ると、机の上には懐中時計がありました。

 

『値段、応相談。絶対起きられる目覚まし時計』

 

と書いてありました。
懐中時計なのに、目覚まし時計というわけです。

 

私は引き寄せられるようにして、その人物の前まで行きました。

 

「欲しいなら、有り金、全部置いてきな。」

 

そう言われました。

 

ちょっと待ってください。
買う意思も確認せず、目の前の人に向かって、このような態度をとるこの人は、一体どのような教育を受けてきたのでしょう?
あまりに失礼ではありませんか?

 

終電が無くなったこんな時間に、このような人通りのない場所で、一応はお店を構えているのです。
おそらく、お店を路上に出すための許可もとっていないのでしょう。

 

少しばかり、腹が立ちました。
私が稼いだお金を、この人物の生活の足しにしてたまるかと思い、足早にその場を離れてやろうと思いました。
とっとと帰って、次の仕事に備えなくてはいけませんし。

 

えぇ。
買いました。
気づけば買っていました。
有り金すべてを丁寧に渡し、時計を受け取りました。

 

その場で商品を吟味し、おかしな点はないのか荒さがしをするのも悪いと思い、今度こそ足早にその場を去りました。

 

自宅について部屋の明かりの元、商品を確認しました。
懐中時計のフタをあけ、驚きました。

 

文字盤はデジタルでした。

例えるなら、これはフタつきのストップウォッチです。

例えるなら、これはフタつきのストップウォッチです。

これはフタつきのストップウォッチです。

ストップウォッチです。

でも商品名は『値段、応相談。絶対起きられる目覚まし時計』です。

 

名称が定まらないので、懐中時計と呼ぶことにしました。
どうでもよくなった私は、とりあえず眠ることにしました。
一応、懐中時計を操作し、起きなければいけない時間にセットをしておきました。

 

翌朝。

 

理想の時間に起床しました。

例えがたい感覚なのですが、身体か、この時間に合わせて完全に目覚めてるような感覚がありました。

もしかすると、懐中時計を手に入れたことによる、心理的な安心感が、この素晴らしい朝を迎える手助けになったのかもしれません。

もちろん、そんなことを心底、信じきっているわけではありませんが、
昨日に引き続き、またもや遅刻という事態は避けることができたので、上司の雷が落ちる心配はないでしょう。

 

会社に着くなり、私は驚きました。
上司も驚いていました。

「昨日は遅刻してしまったので、今日は早く出社しましただって?何のことだ?」

上司はそう言うのです。

 

私の頭の中はハテナで溢れ、その場をごまかすために、自分の机の引き出しを開けたり閉じたりしながら、
ぶつぶつとひとり言を述べたあと、逃げ出すようにして外へ出ました。

 

社用車を前にしながら、どれくらいボーっとしていたことでしょうか?

胸ポケットの重みに気づきました。
懐中時計です。

 

フタを開け、デジタルの盤面を見ます。

日付けと現時刻、起きるべき時間が見えます。

 

ただ、日付が、昨日になっています。
日付けが、昨日になっているのです。

 

壊れた商品を買わされたことに、返品への思いが芽生えてきました。

 

社用車のある駐車場にて、顔を上げると、目の前にはホワイトボード。
隣には紙のカレンダー。
昨日の日付に赤く丸が。

 

このとき、私はまさかと思いました。

 

最寄のコンビニに駆け込み、新聞の日付を確認します。

 

昨日の日付になっています。

 

私は、混乱しながらも、タイムトラベラーさながら、店員に今日の日付を尋ねました。

 

店員は言うのです。
私に言ったのです。

 

新しい朝を迎えたと思っていた私に言ったのです。

 

昨日の日付を、私に言ったのです。

 

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